乳癌の5-10%は遺伝性であると考えられています。以前から本邦では、家族性乳癌として家系内で頻発する乳癌があることが認識され、
独自の臨床診断基準を設けて検討されてきた歴史があります。
その後、遺伝性乳癌、中でも遺伝性乳癌卵巣癌症候群( hereditarybreast and ovarian cancer:HBOC)の原因遺伝子である、
BRCA1,BRCA2が相次いで同定されたことにより、特に欧米においてHBOCの研究が急速に進み、その臨床的特徴や自然史が解明されました。
BRCA1あるいはBRCA2の生殖細胞系列の病的変異(病的バリアント)を持った人は、乳癌あるいは卵巣癌を発症しやすく、その遺伝子異常は
常染色体優勢遺伝形式で子供に遺伝します。
すなわち、遺伝子異常が1/2の確率で子供に遺伝することになります。主な腫瘍は女性の乳がん・卵巣がん(卵管がん、腹膜がんを含む)ですが、
男性の乳がん・前立腺がん・膵臓がんの発症も報告されています。また、最近の日本人の報告では、胃がん(BRCA1,2)、胆道がん(BRCA1)、
食道がん(BRCA2)の発症リスクも報告されています。
日本人女性の乳がん罹患者数は10 万人超と推計されますが、その5%から10%がHBOC であり、全乳がんの4%がBRCA1/2 遺伝子変異に起因する
乳がんです。BRCA遺伝学的検査は2020年4月の診療報酬改定により,遺伝性乳癌卵巣癌が疑われる乳癌もしくは卵巣癌患者を対象に、遺伝子検査
として保険診療算定できるようになりました。
これらの遺伝学的検査は生殖細胞系列の遺伝子病的バリアントを調べる検査であり,遺伝カウンセリングのプロセスの中で実施するのが原則です。
遺伝カウンセリングとは病気の遺伝学的関与について,その医学的影響,心理学的影響および家族への影響を対象者が理解してそれに適応していくことを助けるプロセスであるとされています。がんの遺伝カウンセリングでは特に適切ながんの遺伝に関する情報提供と,心理社会的支援が重要であり、乳癌治療開始前では、個々の家族の事情、対象者の希望に応じて、適切な遺伝子検査実施の適否、タイミングを検討する必要があります。
当科では、2019年11月よりBRCA検査を始めており、当初は各主治医が保険適応外自費診療で行なっておりましたが、保険適応承認以降は、
より積極的に、検査適応の患者さんに遺伝学的検査の重要性を説明し、検査結果判明後も、その意味と今後の対応を解説してきました。HBOCの場合、患者さん自身にとっては、がん発症を監視するサーベイランスとリスクを低減する治療(リスク低減手術)について考える必要があります。
また、血縁者への対応として、自費での遺伝子検査やサーベイランスを検討し、自己検診の指導等を行うことになります。
このように幅広い業務と十分な遺伝カウンセリングを主治医のみで行うには限界があるため、乳腺外科遺伝外来として独立した外来枠で行うこととしました。2022年6月より、毎週月曜日午後に乳腺外科外来で開始しています。当初は、乳腺外科患者さんで、HBOCが疑われ、BRCA検査を検討する必要がある患者を対象としました。しかし、HBOCは遺伝性乳がんの一部であり、関連する他のがんもあることから、今後は、他科との連携を進め、コメディカルスタッフも加わった、遺伝性乳がんを中心にした遺伝性腫瘍の診療に繋げていければと考えています。
遺伝性腫瘍についてのご質問や気になる点がある方は、お気軽に遺伝外来にお越しください。